上田昌文さん
5Gの電磁波(電波)を考える前に、電波のリスクに対して現在どう対応されているのかを踏まえなければならない。国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)などによる現行の規制は熱作用のみに注目していることが大きな問題。非熱作用については「科学的に十分な証拠がない」として退けている状態が長年続いている。
しかし非熱作用による健康影響の可能性を示す無視できない事実も積み上がってきている。たとえば約2年前に公開された米国NTP(国家毒性プログラム)による研究。日本ではとてもできない約30億円規模の研究だ。2年間連続で2000匹を超えるラットに1日2時間強い電波を照射したら脳、心臓、副腎に腫瘍ができ、電波の曝露と関係がありそうだと結論づけた。また、国際がん研究機関(IARC)の2B評価(発がん性があるかもしれない)にみられるように、近接曝露については無視できない疫学データある。
こうした研究などを受けて、規制値は変えないが政策によって対応する国が多く出ているのが世界の流れだ。たとえばフランスは保育園でのWi-Fi禁止などをした。しかし、日本は無策だ。
携帯端末の近接曝露以外の「微弱長期恒常的」曝露では、曝露量の把握も疾病との相関も未解明だ。電波を使う機械がどんどん増えているのは事実だから、トータルの曝露量の上昇があり、電磁波過敏症などを訴える人が増加傾向にあると考えられ、何とかして科学的に捕捉していかなければならない課題だ。
電波への曝露で不具合になるメカニズムについては、酸化ストレス(活性酸素)の増大と血流変化を主原因とした神経系・免疫系に及ぶ何らかのメカニズムがありそうだが、これだというのはなかなか見えてこない。
そうすると「クロと確かに言えないものはシロと見なす」という論理で、基準値を超えさえしなければ、どんどん電波を使っても問題はないというのが国など電波利用の推進側の基本的な姿勢だ。
5G電波の特性
5G電波の特性として、まず、従来より高い周波数の電波を使うことで、電波の直進性が大きくなる。また、電波が当たると体はある程度それを吸収するが、体のどこまで電波が入っていくのかは周波数によって決まる。周波数が高いほど、より皮膚の表面に集中して吸収され、深いところへは入っていかない。そのときに何が起こるかというのが論点の一つ。
次に、5Gはたくさんのアンテナを立ててビームフォーミングをするので、今までとは違った曝露パターンになる。
推進側は「熱作用規制の部分改訂で乗り切れる」という姿勢だが、その問題点を以下で検討する。
5G電波の規制
(この部分のみ網代が報告)
電波の規制について、ICNIRPが提案する国際指針値を多くの国が採用しており、日本の「電波防護指針」も国際指針値に準じている。規制値は測定の都合などから、基地局のように遠くから来る電波(遠方界)と、携帯電話のように体の近くで発生する電波(近傍界)とで別の規制値になっている。遠方界では国際指針値、電波防護指針とも300GHzまでの指針値等が決められているが、近傍界ではそれぞれ10GHz超、6GHz超について指針値等がない。5Gではそれらの高い周波数も使うため、新たに指針値等を策定しているところだ(会報第113号など参照)。
策定にあたっては先ほど説明されたように熱作用のみが考慮された。高い周波数の電波は、ほぼ皮膚に吸収される。皮膚の常温は33~36℃である。体のどんな組織でも41℃以上になると悪影響が出るかもしれないので、皮膚を5℃以上上昇させない電波の強さを皮膚のモデルから計算するなどして導き、それに安全係数10分の1をかけた2000μW/c㎡が国際指針値及び日本の基準値になる見通しだ。
しかし、携帯電話を使うすぐ近くに頭や目がある。ICNIRPは頭や目について避けるべき温度上昇は3℃としており、これをクリアするための指針値を吉富邦明・九州大教授のご協力のもと計算したところ、提案されているよりも2倍厳しい1000μW/c㎡となった。
皮膚の温度上昇の検討だけで良いのか。非熱作用を視野に入れていないことがそもそも問題だが、熱作用による健康影響すら防護できるのか疑問が残る。
皮膚は水で満たされた袋ではない
(ここから再び上田さんが報告)
Yuri Feldman(ヘブライ大学応用物理)らによる皮膚について新しい研究がある[1][2]。世界中の学者が認めた説ではないが、こういう指摘も踏まえなければならないという意味で示す。
体の内部構造を拡大して見られる装置ができている。図1は皮膚の実際の写真。角質層、真皮、汗を出す管がある。これまで指針値等を策定してきた学者たちは、これら全体を水分を含んだ袋のように考えて、そこに電波がどう浸透してどう温度が上がるのかを検討してきた。その考え方では良くない、高い周波数を当てると特別なことが起きると、この論文は言っている。それは汗の管が関係している。汗の管は拡大してみると、らせん状の構造になっていて、これは一種のアンテナ(ヘリカルアンテナ)とみなせるというのが、この論文の考え方。著者らはシミュレーションのモデルと実際の場合を比べた。ごく簡単に言うと、30分間被験者に一生懸命走ってもらう。そうすると汗をかいて息が切れる。そこから0分、5分…30分たったときに手に電波を当てて反射率を測定する。「Calm」は安静のときに測った値だ。すると、走り終わった直後に90~95GHzの電波の反射率が下がることが分かった(図2の(a))。反射率が下がるということは、より多く電波を吸収しているということだ。著者らがアンテナの物理モデルを作ってシミュレーションしたら、実測値とそっくりだった(図2の(b))。
要するに皮膚は特別な周波数についてアンテナの作用をする構造を持っている。すると、何が起こるか。こうした電波のエネルギーを吸収すると、私たちは運動もしていないのに発汗をする。発汗は、心臓の動悸など体じゅうと連動する。すなわち「なぜか汗ばんできた」「何か気分が落ち着かない」などの症状を引き越す可能性があることを指摘している。
これに対して、総務省が扱っている証拠は、たとえば動物に電波を当てて火傷しないからOKというもので、皮膚の中の構造などは考慮されていない。それで良いのかという論点が示された。
5G基地局の電波の強さ
5Gの基地局からの電波の強さはどのくらいか。総務省が公表している数値があるので、それを公式に当てはめて計算できる。ただし、1個の基地局からどれぐらいの強さを浴びるのかは計算できるが、たくさんある基地局からトータルでどれくらい浴びるかとか、移動中にビームフォーミングの電波の強さがどう変化するかは、たいへんややこしいので、ここでは扱わない。
計算したところ(この後の「補足」参照)、5Gの場合、1個の基地局から来る電波の強さは、従来よりも1~2桁は強くなりそうだ。しかも基地局の数も1~2桁増える。すると、トータルの電波は2~3桁増えて、都市部の住民全員が巨大な電波塔(たとえばアナログ時代の東京タワー)の周辺で暮らすようなことをイメージできるかもしれない。非意図的、強制的な曝露が増え、電磁波過敏症の方には厳しい環境になりそうだ。
科学者の声明
これまで普及している3G、4G、Wi-Fiなどの電波による健康影響は明らかであり、これらに5Gが加わることの安全性をまず確認すべきであるとして2017年9月、各国の科学者、医師が5Gの一時的停止を求める声明文を出した。今年2月現在で226名が署名している。しかし、この声明文には総論的なことしか書かれていない。5Gの実態がまだ見えていないので定量的な話ができないからだ。
どう対処するか
でも、声明が出されているだけでもまだいい。日本ではこうした動きは皆無。私たちはどう対処すれば良いか、その方策を考えていかなければと思っている。
たとえば、前の2人の話にあった通り、5G事業に自治体が参画するケースが出てきそう。自分が住んでいたり働いている自治体が参画する場合には、電波の曝露状況がどうなるかや、事業の費用対効果などについて情報開示させ、説明を求めていくという取り組みをしていくことが考えられる。
また、5Gが始まったら、いろいろな環境で測ってチェックすることが必要だろう。ただ、5Gで使う高い周波数をきっちり測るのはけっこう大変。装置の値段が半端なく高い。専門家の協力を得ないとできない。
特に電波が強くなる場所の傾向を調べて情報発信し、過敏症の方々が避けられるようにすることも必要だろう。
[1]The human skin as a sub-THz receiver Does 5G pose a danger to it or not?
Environmental ResearchVolume 163, May 2018
[2]The Modeling of the Absorbance of Sub-THz Radiation by Human Skin,”IEEETrans. THz Sci. Tech. (Paris) 7(5), 521–528 (2017).