鉄道携帯ルール緩和で関鉄協等と交渉

 「過敏症の方々、受け止める」

当会との交渉に臨む(左から)東京都交通局、JR東日本、東京地下鉄、関東鉄道協会の担当者=10月15日、関東鉄道協会

当会との交渉に臨む(左から)東京都交通局、JR東日本、東京地下鉄、関東鉄道協会の担当者=10月15日、関東鉄道協会

 東日本(関東、東北、甲信越)の鉄道事業者37社局が、鉄道車両内の携帯電話利用ルールを「優先席付近では電源オフ」から「優先席付近では混雑時には電源オフ」へ10月1日から緩和したことについて、当会(電磁波問題市民研究会)は、この緩和の撤回を求める要望書を9月に関東鉄道協会(日本民営鉄道協会の内部組織)などに提出し、当会との交渉の場を設定するよう求めました。10月15日、関東鉄道協会など鉄道事業者と当会との交渉が、東京の同協会で行われました。関東鉄道協会のKさん(日本民営鉄道協会専務理事)が主に説明や質問への応答をしました。Kさんはルール変更の理由として「平成25年1月の総務省指針」「携帯電話の利用状況の変化」を挙げ、私たちの要求を拒みました。それでも、交渉の最後に「過敏症の方々がおられてリスクがゼロではないということも我々は受け止めています」とKさんが発言。電磁波過敏症や電磁波の健康リスクについて一定の認識は持っていただけたものと、筆者は受け止めています。

車内携帯(マナー)ルールの変遷
 心臓ペースメーカーなどの「植込み型医療機器」が電波による誤作動などを起こさないように、関係省庁や業界団体などで構成する不要電波問題対策協議会(現・電波環境協議会)は携帯電話などを植込み型医療機器から「22cm離す」との暫定指針を1996(平成8)年に、同様の指針を1997年にまとめました。
 この指針が出されたことと、携帯電話マナーについての乗客の苦情が多かったことから、鉄道事業者はそれぞれ個別に対応をとり始めました。JR東日本は1997年7月から満員電車では(優先席付近に限らず)電源をオフにするよう呼びかけることにしました。東急は2000年10月から偶数号車を電源オフ車両としました。
 当会は、植込み型医療機器への影響やマナーはもちろんのこと、電磁波による健康影響や、電磁波過敏症の方々への配慮の観点から、より強い規制が必要だとして、1999年8月、2000年7月など、鉄道事業者への申し入れを繰り返してきました。
 2003年9月になって、東日本の鉄道事業者は「優先席付近では携帯電話オフ」にルールを統一しました。東急の先進的な対応は廃止されてしまいました。

2年半前に変更 22cm→15cm
 2012年7月の第2世代携帯電話サービス終了を受けて、総務省は「22cm離す」を「15cm離す」へ変更する指針を2013年1月に出しました。変更の理由は、第3世代以降の携帯電話などでの実験結果で植込み型医療機器に影響を与えた最長距離は3cmだったこと、かつ、国際基準15cmとの整合性を考慮して、ということでした。
 22cmから15cmへの変更方針が総務省「生体電磁環境に関する検討会」で示されたことを知った当会は、この機会に鉄道各社が車内の携帯ルールを緩和する恐れもあると考え、緩和とは逆に「ケータイオフ車両」を設置するよう、そして当会と交渉するよう求める要望書を2012年11月に鉄道事業者へ送付しました。この件について同年12月に関東鉄道協会と当会が交渉を行い、さらに、指針が出た後の2013年2月、同協会から当会へ「これまでどおり『優先席付近での電源オフ等』の対応を継続していくこととしています」との回答書が届きました。ケータイオフ車両導入は拒否されたものの、携帯ルールの緩和はしないということで、当会は一定の評価をしていました。

8月の指針、15cmは不変
 ところが、「15cm離す」という総務省の指針が2013年1月以降変わっていないのにもかかわらず、今年10月1日からのルール緩和が、そのわずか半月前に突然各事業者から発表されたのです。
 「突然」と書きましたが、実は予兆がないわけではありませんでした。今回の東日本の事業者と同様、関西の各鉄道事業者が昨年7月から優先席付近での携帯電話オフを混雑時に限ることにしました。さらに、今夏以降、緩和を煽るような報道がいくつかなされました。NHKからは緩和を前提としたような取材が、当会大久保事務局長にありました(大久保事務局長の話は、放送内容に反映されなかったようです)。そして、今年8月には、総務省が新しい指針を出しました。その指針では「15cm離す」に変更はありませんでしたが、以下の記載が加えられました。

  • 影響の調査は、電波利用機器の電波を規格上の最大出力で断続的に発射し、医療機器の感度を最大にするなど、極めて厳しい条件において実施しています。(略)調査において影響が確認された距離まで電波利用機器が近接したとしても、実際に影響が発生するとは限りません。

 「影響が発生するとは限りません」ということは、裏を返せば「影響が発生することもある」ということであり、科学的にあまり意味の無いこのような文言をわざわざ加えたのは、何か政治的な意図があるからだろうと推測できます。
 そして、この指針を総務省が8月に出した直後に、東日本の鉄道事業者が携帯ルール緩和を発表するに至ったわかけです。

なぜこの時期に変更なのか
 交渉には、関東鉄道協会からKさんら2名、東京地下鉄、JR東日本、東京都交通局から担当者各1名が出席。当会からは事務局の大久保、相澤、網代、会員のXさんが参加しました。
 冒頭、Kさんが、当会の要望書への回答(囲み参照)を読み上げました。
 交渉は1時間以上にわたり、時に白熱した議論になりました。話し合われた実際に順番に関わらず、テーマごとにまとめてご報告します。
 関東鉄道協会などからの回答には「このたびの携帯電話マナー変更は(略)平成25(2013)年1月の総務省の指針変更を受けて検討を開始し、東日本の鉄道事業者間で合意形成に至っていたものです」とあります。この点について、当会が「今年8月の指針は関係ないということですか?」と質問したところ、Kさんは、「8月の指針ではペースメーカーについては内容は変わっていない」「2013年1月の指針を踏まえた検討の結果だとお考えいただいて結構」との答えでした。しかし、その指針が出たばかりの2013年2月に関東鉄道協会は、当会への回答書の中で「これまでどおり『優先席付近での電源オフ等』の対応を継続していくこととしています」と述べていました。なぜ2年半たったこの時期に変更するのかとの質問に対して、Kさんは「携帯電話の革新的な普及性」などを挙げました。

総務省の指針の妥当性
 総務省の指針に基づいているという鉄道事業者の説明に対して、当会は「総務省は『ペースメーカー1台』対『携帯電話など1台』で実験している。車内では多くの携帯電話などがあるので、また違った環境になる」「総務省は携帯電話事業を促進する立場であり、同じ総務省が規制指針を設けること自体が本来おかしい」などと指摘しました。これらに対してKさんは「私どもは電磁波の専門家でないので、あくまでも、総務省さんの指針を踏まえる」と繰り返しました。
 私たちは「他の商品とは違い、利用者は原則として鉄道会社を選択できない。より安全を重視してほしい」「ヨーロッパなどと比べて日本は電磁波問題への対応が遅れている」などとも訴えました。

定着したルールが分かりずらくなる
携帯オフにしてもらいにくくなる
 交渉に参加した会員Xさんはペースメーカーを使っていませんが、体調の問題から優先席付近に乗車するようにしており、そこで携帯電話等を使っている人がいたら使うのをやめるよう声をかけています。Xさんは「声かけをするとほとんどの人がやめてくれています。優先席ということで、お互い思いやる気持ちがあるからだと思います」というご自分の経験から、従前の「優先席付近では携帯オフ」というルールが定着していることを指摘しました。しかし、これに「混雑時」という条件が加わると、ルールが複雑になり、声がけをしても「混雑していない」と言われてやめてくれなくなる恐れがあることなどを指摘しました。
 定着していたルールが分かりずらくなるという指摘に対して、Kさんは「場所は変更がないので、分かりやすさは変わってないと思いますよ」と述べるにとどまりました。
 また、携帯オフにしてもらいにくくなるという指摘に対して、Kさんは「お客様がきちんと譲り合ったり、思いやったりしていただけるような環境を作るような取り組みをこれまで推進している」と答えましたが、今回のルール変更は、それに逆行するように思えます。
利用客の声を広く聞くべき
 当会への回答書の中で、鉄道事業者は「携帯電話を使用したいとの声が増加し、電源を常時お切りいただくことにご理解が得られにくくなっております」と述べています。しかし、優先席でもどうしても携帯電話を使いたいという人は、実際どれくらいいるのでしょうか。現状に不満がない人は苦情を言わないでしょうから、携帯電話を使いたい人の声ばかりが鉄道事業者に届いている可能性もあります。Xさんは「鉄道事業者はまったく数字を示さない」「従前のルールで良いという人のほうが多いというネットアンケートもある」と指摘したうえで、「鉄道事業者側が一方的にルールを決めるのではなく、利用客にアンケートをとるとかモニター制度を設けるなど、広く声を集めながらルールを決めてほしい」と述べましたが、残念ながらKさんには趣旨が伝わらなかったようです。公共性が高い鉄道事業についても、様々な立場によるリスクコミュニケーションが必要だと考えます。

乗客へのアナウンスの仕方
 「優先席付近では混雑時には携帯電話オフ」という新ルールへの変更後についての質問を一つだけしました。利用客には普段から新ルールをアナウンスしているのか、それとも混雑時にアナウンスしているのか、を尋ねました。答えは「普段から」とのことでした。「普段のアナウンスに加えて、ラッシュアワーなどに『混雑してまいりましたので、携帯電話をお切りください』と車掌さんがアナウンスしてくれたら、より安全なのではないでしょうか」と質問したところ、Kさんは「(優先席付近オフの)ルールを十数年かけてやってきて、その上での今回のルールなんです。ですから、急に『体が触れあっているから電源オフしてください』と車掌さんがしゃべっても、お客さん混乱されますよ」と答えました。この答えが、今回のルールが分かりにくいということを正に示しているように感じました。

電磁波過敏症の方々への配慮
 「電車に乗れない、乗ると苦しいという、悲鳴を上げている電磁波過敏症の方々がいらっしゃる。マイノリティかもしれないが、予備軍も大勢いる。マイノリティの方々の擁護という視点が今回の回答にないのが遺憾」との当会の指摘に対し、Kさんは「私たちはあくまでも専門的な方々の意見を踏まえて、現場の対応をとっている」などと答えました。
 また、交渉に参加した各社局のうち、JR東日本の担当者は過敏症の方々から声が寄せられていると述べましたが、東京地下鉄、東京都交通局の各担当者は、聞いていないと答えました(自分が聞いていないだけかもしれないが、という留保付きで)。
 ただし、冒頭でも書いた通り、Kさんは「過敏症の方々がおられてリスクがゼロではないということも我々は受け止めてます」とおしゃってくださいました。その言葉は、ぜひ忘れないでいただきたいと思います。
 そして、過敏症の方々は、鉄道利用にあってのご苦労や要望などを、どんどん鉄道事業者に伝えてほしいと思いました。それが鉄道事業者の方々をさらに動かす力になると思います。【網代太郎】

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