電波防護指針改定に係る報告書 パブリックコメントを提出

 第5世代移動通信システム(5G)の2020年サービス開始へ向け、総務省の「情報通信審議会電波利用環境委員会」(以下「本委員会」と言います)は、電磁波(電波)による健康影響についての国の基準である「電波防護指針」の改定を提案する報告書案[1](以下「本報告案」と言います)をまとめ、7月25日から8月24日までパブリックコメント(意見。パブコメ)を募集しました(会報前号既報)。「NPO法人市民科学研究室(市民研)」の「環境電磁界研究会」は、本報告案に対するパブコメ[2](以下「本パブコメ」と言います)を8月23日に提出しました。本パブコメの作成に関わった市民研・環境電磁界研究会のメンバーは、市民研代表理事の上田昌文さんのほか、当会(電磁波問題市民研究会)スタッフの鮎川哲也さんと網代です。
 本パブコメを提出した結果、本報告案は一部の文言が修正されましたが、指針の数値じたいは変更されないまま、情報通信審議会が9月12日に電波防護指針改定案を総務省に答申しました[3]。総務省は答申を受けて、関係省令などを「改正」する予定です。
 なお、本パブコメをまとめるにあたって、吉富邦明・九州大学教授に多大なるご指導ならびにご協力をいただきました。

電波防護指針の改定内容

 会報前号の繰り返しになりますが、今回の改定内容についてあらためて簡単にご紹介します。
 電波防護指針は、携帯電話基地局のように遠くに発生源がある電波と、携帯電話端末のように体のすぐ近くに発生源がある電波について、測定方法の関係から、別々の基準を設けています。
 5Gでは、3.7GHz帯、4.5GHz帯、および28GHz帯の電波を利用する予定です。しかし、体の近くから発生する電波についての電波防護指針は6GHzまでしか定められていません。
 このため、6GHzを超える周波数帯において、人体から10cm以内で使用する携帯電話端末などから発する電波についての防護指針のあり方について、総務省は情報通信審議会に諮問、本委員会が置いた「電波防護指針の在り方に関する検討作業班作業班」(以下「作業班」と言います)で検討されました。
 改定案の概要は、表の通りです。

安全の根拠を示さない欠陥報告書

 本報告案は「6GHz以上の周波数においては、周波数によらず20mW/c㎡とすれば皮膚表面の温度上昇を5℃以下に抑え、安全性を担保できるとしている」(15頁)として、この20mW/c㎡という数値に10分の1の安全率をかけて前頁の表の通り、2mW/c㎡(2000μW/c㎡)という指針値案にしました(一般環境)。この20mW/c㎡は、皮膚の構造のモデルを利用するなどして計算で導いた値です。
 しかし、そもそもなぜ「5℃」以下なら安全なのかという根拠を本報告案は一切示していません。この点について、作業班主任の平田晃正・名古屋工業大学大学院工学研究科教授に問い合わせたところ、「ICNIRP(国際非電離放射線防護委員会)が本年7月に公表した高周波電磁波ガイドライン改訂版の草案(Draft)に5℃の許容値が明示されている」旨のご回答をご本人よりいただきました。なお「5℃以下なら安全」の根拠を本報告書に示さなかった理由は「草案なので変更の可能性があり7月上旬まで引用できなかった」旨のご説明でした。それであれば引用できるようになってから本報告案をまとめるべきだったのではないでしょうか。
 ともあれ、同草案を参照したところ概要として以下の通り示されていました(Draft 4.3.3.1.2. LOCAL TEMPERATURE 325-336行)。

 人体には、一般的に常温がより低い「タイプ1組織」(上腕、前腕、手、太もも、脚、足、耳介および眼の角膜、前房および虹彩、表皮、真皮、脂肪、筋肉および骨組織のすべての組織)と、一般的に常温がより高い「タイプ2組織」(タイプ1の組織として定義されているものを除く、頭部、目、腹部、背部、胸部および骨盤のすべての組織)がある。タイプ1の組織の常温は、一般的に33-36℃未満であり、タイプ2の組織の常温は38-38.5℃未満である。人体組織は41℃になると有害かもしれないので、41℃とそれぞれの常温の差(タイプ1は5℃、タイプ2は2℃)を、電磁波の局所的曝露による健康悪影響閾値と見なす。

 ところで、本報告案の14頁の表1では5℃の温度上昇を得るために必要な入射電力密度は30GHzと300GHz において皮膚よりも腹部や頭部のほうが小さいことが示されていました。

本報告書案の14頁の表1

 皮膚はタイプ1組織で5℃の温度上昇を許容しますが、腹部と頭部はタイプ2組織で許容上昇温度は2℃です。

指針値は提案の半分とすべき

 そこで、表1の中でもっとも小さい値(腹部・300GHz)について2℃上がるために必要な入射電力密度を概算すると
 25.0mW/c㎡×(2℃÷5℃)=10mW/c㎡
となります。
 ICNIRP草案の記載に基づけば、「安全性の担保」のために下回るべき上昇温度幅は本報告案が基づく「皮膚」についての「5℃」ではなく、「すべての組織」について「2℃」にすべきです。本報告案が提案している指針値は、人体に近接した放射源からの電波についてですが、これは具体的には携帯電話端末等であり、タイプ2組織である頭や目の近くで主に使用されるからです。
 よって、本報告案の「6GHz以上の周波数においては、周波数によらず20mW/c㎡とすれば皮膚表面の温度上昇を5℃以下に抑え、安全性を担保できるとしている」については、「6GHz以上の周波数においては、周波数によらず10mW/c㎡とすれば皮膚表面の温度上昇を5℃以下、腹部および頭部の温度上昇を2℃以下に抑え、安全性を担保できるとしている」と改めるべきであり、10mW/c㎡に安全率10分の1をかけて1mW/c㎡(本報告書案が提案する2mW/c㎡の半分)にすべきである、と本パブコメは指摘しました。
 実は、本報告案を検討した作業班の議論の中でも、一度は「2℃」という数字をもとに指針値が検討されました[4]。しかし本報告案を読むと、まるでその議論はなかったかのようです。
 本パブコメに対して、電波利用環境委員会が示した見解の概要は以下の通りです[5]。

 ご指摘のありましたP.14の表1は、頭部、腹部等の付近の皮膚に関して示したものであり、ICNIRPが公表しているガイドラインの草案では、皮膚等の許容上昇温度は5℃となっています。そのことを踏まえ、より表現に正確を期すため、次のとおり修正します。[筆者注・この下に掲載している修正後の表1が、この部分に掲載されています]
 なお、本報告書案で示している6GHz以上の局所吸収指針では、皮膚表面の温度上昇は一般環境で5℃の1/10以下となり、深部においてはさらに温度上昇は小さくなることから、十分な安全率が設定されていると考えています。

修正後の表1

 すなわち、本報告案の表1に示されている「頭部」とは「頭部の皮膚」のことであり、「腹部」も「腹部の皮膚」のことで、すべて皮膚だからタイプ1なので5℃で良い、と電波利用環境委員会は説明しているわけです。
 たしかに6GHz超の高い周波数では、電波は体の深部へはあまり浸透せず、ほとんどは体の表面で吸収されるといいます。しかし、頭部の場合は、皮膚のすぐ下が頭蓋骨で、そのすぐ下が脳です。そのような場合でも皮膚だけの検討で良いと言うためには、それなりの根拠を検討班は示す必要があったのではないでしょうか。本報告書の記載は、かなりおおざっぱであるような印象です。

もちろん、提案の半分でも不十分

 本パブコメは、本報告案が提案した指針値について、本報告案が述べる根拠に基づいて妥当かどうかを検討したものです。もちろん、この指針値は電波の熱効果による健康影響だけを対象にしています。ですので、仮に私たちの主張通り、提案された半分の数値になったとしても、熱効果による悪影響がすぐには現れない程度の強さの電波に繰り返し被曝した場合の健康影響(電磁波過敏症を含む)を防げるわけではありません(そもそも、熱効果を本当に防げるのかも不明です)。
 しょせん熱効果の話なのだから電波防護指針改定についていちいち取り合わなくても良い、とは、しかしながら、私たちは考えません。電波を利用する電気通信事業者は少しでも緩い指針値にしてほしいと考えているはずです。「電波の利用の促進」を所掌事務とする総務省なので、健康を守ることより事業者の意向に沿うことを優先するでしょう。その結果指針値が緩くなれば体調影響を受ける方々がますます増える恐れがあります。【網代太郎】

[1]「情報通信審議会 情報通信技術分科会電波利用環境委員会 報告(案)―『電波防護指針の在り方』のうち、『高周波領域における電波防護指針の在り方』について―」
[2]市民研によるパブコメ(意見)
[3]情報通信審議会からの答申内容「高周波領域における電波防護指針の在り方」
[4]情報通信審議会情報通信技術分科会電波利用環境委員会電波防護指針の在り方に関する検討作業班(第10回)配付資料「6GHz以上で人体から10cm以内に近接した場合の電波防護指針の見直しについて(案)」11頁
[5]「電波利用環境委員会報告(案)に対する意見募集の結果-高周波領域における電波防護指針の在り方-」別紙3頁

 

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