新型コロナ対策で進むスマホによる市民統制

 新型コロナウイルス(COVID-19)感染症拡大防止策として、スマートフォン(スマホ)・携帯電話を使って市民を統制、監視しようとする方法が世界的に広がっています。
 カナダ在住のジャーナリスト・小笠原みどりさんは、このような方法には、以下の3類型があると指摘しています[1]。

  1. GPSによる位置情報をもとに個人の移動経路を追跡し、感染可能性を予測することで、外出許可や自己隔離など、個人の行動を制限するタイプ(中国,イスラエルなど)。
  2. 政府が自己隔離が必要だとした市民を監視するタイプ(台湾、韓国、ポーランドなど)。
  3. 一定時間、ある距離の中に近づいた者同士の情報をブルートゥースを使ったスマホ間通信で記録し合い、いずれかの感染が判明した場合に通知が送られてくる仕組み(シンガポールなど。日欧米でも導入予定)。新聞記事などで「接触確認(コンタクトトレーシング)アプリ」と呼ばれている。

個人情報から感染可能性を判定

健康コードの例。「緑色」の文字も表示されている。http://shanghai-zine.com/topics/1972

 1番目の類型を採用している代表的な国が、中国です。中国IT大手「アリババ」傘下の決済サービス「アリペイ」が2月から、本人についてCOVID-19感染の可能性を示すアプリの提供を始めました[2]。自分のスマホにこのアプリをダウンロードして身分証番号などの個人情報を登録すると、自分が感染している可能性についてアプリが緑、黄、赤の3段階で「健康コード」を表示します。信号機と同じで、緑なら安全という意味です。
 COVID-19の流行以前から、中国当局は治安維持のためにデジタル技術を活用して個人情報を収集してきました。GPSによる携帯電話の位置情報のほか、通話情報、街中に設置された監視カメラからの顔認証技術、各種サービスの利用記録などのビッグデータを企業から収集し、個人の詳細な行動履歴を把握することが可能となっています[3]。
 このような制度を活用し、本人の病歴はもちろん、家族関係や移動履歴などから、感染の可能性を判定する仕組みのようです[4]。
 ネット上には「近所に感染者が出て、コードが(感染リスクが高いとされる)赤になり、外出できなくなった」という武漢市民による書き込みが見られました。しかし、判定の仕組みの詳細は明らかにされておらず、「赤」から突然「緑」に変わるなど、判定の正確さに問題があるとの指摘もあります。
 中国当局がこのシステムを利用するよう指導し、200以上の都市で導入されました。アプリの使用は強制ではないようですが、スマホ画面で緑の健康コードを示さないとバスに乗れなかったり、職場や店へ入れなかったりします。ですので、これらの都市では、このアプリの使用は事実上の義務であり、スマホを持っていなければ通常の生活ができないということになります。しかし、中国の人々は国家に管理されることに慣れてしまっており、目立った反対の動きは報じられていません。
 イスラエルでも、同様のことが行われています。3月中旬以降、人々の携帯電話に突然、政府から「疫学調査の結果、あなたは○月×日に感染者の近くにいました。隔離に入ってください」というようなショートメッセージが届くようになりました[5]。治安機関が、携帯の位置情報をもとに感染者と過去14日間に濃厚接触した人を割り出し、感染の可能性があることを「警告」するシステムです。治安機関は全利用者の位置情報などを把握しているとみられ、アプリをダウンロードする必要すらないとのことです。

スマホで市民を監視
 台湾では、2番目の類型である、スマホで市民を監視する「電子フェンス」と呼ばれるシステムが利用されました[2]。台湾当局は濃厚接触者や海外からの帰国者に対して14日間、自宅で「自主隔離」することを義務づけました。自主隔離対象者の携帯電話から位置情報を取得し、自宅から出たことが分かったり、または携帯電話を15分以上電源オフにすると、自動的に警察などへ通報するというシステムです。うっかりスマホを充電切れにしてしまい電源がオフになっただけで、警察官がやってくるとのことです。
 韓国では、4月から海外からの全入国者に2週間の自主隔離を課し、スマホの専用アプリで毎日の健康状態を報告することを義務化しました[6]。当局はアプリの位置情報で隔離者の居場所を確認しますが、スマホの電源を切ったり、家に置いたりして外出する違反者が続出。このため政府は、自主隔離措置の違反者に、行動追跡用の「電子リストバンド」を装着することにしました。
 バンドの着用には法的根拠がなく、自主隔離違反者の同意がある場合のみ着用させることができます。政府はバンドの実効性を高めるため、自主隔離の違反者がバンドの着用を拒否すれば隔離場所を自宅から施設に変更し、これにかかる費用は本人負担とすることを決めました[7]。
 ポーランドは、感染者や感染の疑いがある自主隔離の対象者に対し、アプリで自撮り写真を位置情報とともに毎日送信させているとのことです[2]。

スマホ間通信による接触確認アプリ

毎日新聞5月24日付より

 1、2番目の類型に比べて、よりプライバシーに配慮したシステムだと説明されているのが、3番目の類型である「接触確認アプリ」です。このアプリを入れたスマホどうしが一定距離以内・一定時間以上近づいたときに、スマホ間のブルートゥース通信により、ID情報などを自動的に交換してお互いに記録。感染が発覚した場合の感染経路や接触者の特定に生かすというものです。
 接触確認アプリにも様々なタイプがあり、①接触記録が電話番号などの個人情報とともに当局に蓄積される中央集中タイプ、②接触記録は当局に蓄積されるが個人情報は集めないタイプ、③接触記録は個々のスマホ内だけに蓄積される分散型タイプ--の3タイプがあるそうです(下の図参照)。①の場合は当局によって接触者を具体的に割り出すことができる可能性が大きく、③の場合はそれはできませんがプライバシーがより守られる可能性が大きく、②は①と③の中間ということになります。
 シンガポールは①のタイプのアプリ「トレーストゥギャザー」を独自に開発し、3月から運用を開始しました。しかし、国は市民にアプリ使用の強制まではできないので、プライバシーへの懸念や、電池の減りが速くなるという理由で、開始から1カ月間で国民の2割しかダウンロードせず、目標の4分の3には程遠い結果となりました。
 そこでシンガポール当局は、新たな接触追跡アプリ「セーフエントリー」を投入。企業や店舗などの入口掲示されたQRコードをスマホのアプリで読み取るとID番号と電話番号が記録されるというもので、シンガポール当局はこのシステムの導入を企業や店舗に義務付けているとのことです[8]。

毎日新聞5月24日付より

グーグルなど開発のアプリを日本も採用
 一方、ともにIT業界の巨頭であるグーグルとアップルは共同で、③のタイプの接触確認アプリを開発。ヨーロッパでは多くの国がこのアプリへ対応する方針を示しましたが、英国、フランスなどは②のタイプの独自システムを検討中です[9]。
 日本では、独自の接触確認アプリの開発を進めていました。しかし、先に接触確認アプリを開発したグーグルとアップルが4月下旬、両社のシステムを利用できるのは「1国1アプリ」に限った場合で、運営者は「公衆衛生当局のみ認める」と通知してきました。日本政府は、国内スマホ市場の9割以上を占める両社の方針に反しては、独自でアプリを開発しても機能しない事態に追い込まれかねないとして、両社のシステムを採用する方針へ転換しました。6月中の利用開始を目指しています。

感染症対策のためなら仕方ないのか
 COVID-19感染対策のもと、上記のようにスマホなどによる市民の統制や監視が世界的に行われていく流れになっています。
 COVID-19で自分や他のだれかが死ぬぐらいなら、自分や他人の個人情報が提供されたり人権が多少制限されても問題ないという考え方は、ある意味自然ですし、実際にそう考える人々は少なくないです。フランスの世論調査では75%が「自分が感染したら位置情報を提供してもいい」と答えています[5]。韓国の世論調査では自主隔離違反者へのバンド装着について77.8%が賛成でした[6]。
 しかし、賛成が多いからといって、監視社会化やプライバシー侵害という問題じたいが消えてなくなってしまうわけではありません。
 中国の「健康コード」システムについては、武漢に住む50代の人権活動家の男性が、当局の制限で健康コードが使えず、事実上の行動制限を強いられているという報道もあります[6]。つまり、国にとって都合が悪い人物について、警察官などが実力行使する必要もなく、IT技術によって簡単に半軟禁状態にできてしまいます。
 中国のシステムよりもはるかにプライバシーを尊重していそうな分散型の接触確認アプリであっても、携帯電話という極めて個人的なツールの上で動作する以上、いくら対策を施しても、個人の監視、個人情報流出の懸念はどうしても残ります。
 仮にCOVID-19対策のために個人情報収集が必要不可欠なのであれば、国側がそれらの情報をどのように利用、保管、あるいは破棄したのかなどの情報開示を義務付けた透明性のある制度であることが必須の前提です。反対派を弾圧せず、ウソを言わず、えこひいきをせず、公文書改ざんなど決してしない公平公正な政権のもとで、透明性をもって制度が運用されるのでなければ、私たちは恐ろしくて個人情報の提供などできないでしょう(今の日本の政府はどうでしょうか?)。
 では、国が公正で、制度の透明性があって、COVID-19対策に限って運用されるのであれば、上記のようなスマホなどを使うシステム(の中でもっともマシそうなもの)はぜひとも導入すべきであるかというと、筆者は否定的です。
 その理由は四つあります。
 第一に、非常事態だ、パンデミックだという理由で人権やプライバシーが軽視されることじたいのおそろしさです。COVID-19が収束した後、当局側は一度導入した市民統制、監視システムを終了させるのか、そして、集めたデータを破棄するのか、疑問です。古今東西、権力というものは、市民を監視したがるものだからです。

アプリは感染症対策に本当に有効か
 第二に、これらのシステムがCOVID-19対策に有効なのか、または、有効だとしても、他の施策と比べて必要不可欠とまで言えるほどなのか、検証されていないことです。
 スマホなどを使い、強権的な市民統制、監視を行った中国、台湾、韓国では、比較的早期のCOVID-19収束に成功したとの評価もあります。(成功したという評価が正しいと仮定したとき)その成功は、さまざまな施策を組み合わせて行った結果です。中でも、これらの国々ではCOVID-19感染の有無を調べるPCR検査の体制が充実していると言われており、そのおかげで感染者の早期隔離が可能だったことのほうが、成功への寄与度はアプリなどより大きかった可能性が考えられます。
 第三に、これらのアプリの開発者には、アリババ、グーグル、アップルなど、いわゆるプラットフォーマーと言われる巨大IT企業が含まれています。プラットフォーマーは個人情報を集めることで莫大な利益を上げてきた一方で、個人情報保護にはあまり慎重ではないと批判されてきました。国家機関であれば(国によっては「曲がりなりにも」ですが)情報公開制度などを通して市民が監視できますが、民間企業に対する市民による監視の手段は、より限られています。
 そして、これらの企業が営利を目的に活動している以上、何かしらの経済的見返りを見込んでアプリを開発したと、当然考えられます。その見返りの中身、すなわちこれらの企業の真の目的が何なのか気になります。もちろん、そのシステムがCOVID-19拡大防止にある程度有効であるならば、まずは受け入れてみようという選択もアリかもしれませんが、前述のように有効だという検証はなされていません。

社会的弱者の役に立たない
 前出のジャーナリストの小笠原さんは、これらのアプリは、COVID-19流行下で本当に困っている人たちの安全、安心を提供するものではまったくない、という趣旨のことを述べています[1]。筆者も同感で、これが、アプリを推奨できないと考える第四の理由です。
 アプリによって濃厚接触者かもしれないと判定されて家にいろと言われても、外に出ないと困る方々も大勢います。たとえば、仕事ができなくなれば死活問題です。テレワークができるのは(どちらかというと高収入の方が多い)一部の職種に限られます。また、現在の日本のようにPCR検査の体制が不十分で、症状がない者は容易に検査を受けられない状況の中で、まだ症状がないのに自分が濃厚接触者かもしれないとアプリに伝えられたら、検査も受けられず不安な日々を送るしかないという状況に追い込まれてしまいます。
 もちろん、電磁波過敏症や、その他の理由でスマホを使えない人、またはスマホを使いたくない人は、アプリの「恩恵」を受けられません。それどころか、周囲のほとんど人々がアプリを利用するようになれば、社会全体の通信量がますます増えて電磁波過敏症の方々には一層つらくなります。
 また、接触確認アプリについては、それを自分のスマホにダウンロードして利用するかどうかは、各自の自由のはずです。しかし、「ダウンロードしていない者は来るな」と言い出す職場や店が出てくるなど、事実上の義務化のようになるおそれもあります。もしそうなったら、電磁波過敏症の方々はますます生活しづらくなります。
 アプリは、感染拡大防止の責任を個人に転嫁するものとも言えます。それよりも、社会政策として、検査を含めた医療体制を充実させること、そして自主隔離を求めるのであれば安心して家に居られるよう十分な補償をセットにすることが根本的で当たり前の感染症対策です。医療と補償の充実に比べれば、アプリはよく言って補助的、悪く言えば小手先の対策であり、そのようなもののために個人情報を差し出すのは、よほど慎重にしなければならないと筆者は考えます。【網代太郎】

[1]小笠原みどり「【新型コロナ緊急リポート】「感染追跡アプリ」を徹底検証!」Our Planet-TV 4月23日
[2]平和博「新型コロナ:「感染追跡」デジタル監視とプライバシーの新しい日常」YAHOO!ニュース3月26日
[3]「中国、ビッグデータで感染経路を割り出し 国民監視情報を活用」ITmedia NEWS 2月10日
[4]「感染リスク表示アプリ、中国で広まる 入館や入店に必要」朝日新聞デジタル3月12日
[5]「『まるで犯罪者扱い』 感染者追跡、海外でも広がる波紋」朝日新聞デジタル4月20日
[6]「<新型コロナ>感染者の監視・追跡に各国躍起 ハイテク駆使して封じ込め」東京新聞4月15日
[7]「隔離措置違反者にリストバンド 27日から導入=韓国」聯合ニュース4月24日
[8]平和博「新型コロナ対策『接触追跡アプリ」が迷走する理由』YAHOO!ニュース5月15日
[9]「コロナ接触アプリで確認 抑止の武器ジレンマ」毎日新聞5月24日

 

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