米国でリニア計画を推進している企業の土地取得を認めない判断を、裁判所が8月30日に下したと報じられました[1]。
米国のリニア計画のうち、ワシントン・メリーランド州ボルチモア間64Kmを約15分で結ぶ「北東回廊」プロジェクトは、「ボルティモア・ワシントン高速鉄道(BWRR)」社が事業主体で、JR東海が技術支援を行っています。将来的には、ボルティモアからニューヨークへ延伸する構想があります。ボルティモアまでの区間のみでは「採算性に乏しい」との声がある一方、JR東海幹部は「ニューヨークまで延伸できれば事業としても成り立つ」と述べているそうです[2]。
今回の裁判は、ボルティモア市のウェストポート地区の一画についてリニア建設のために土地収用することを求めて、BWRRが提訴。しかし、ボルチモア市巡回裁判所は、BWRRの主張を却下しました。BWRRは控訴する予定だと述べています。
この場所には、別の企業が1300戸の住宅、小売店、オフィス、公園などを整備する開発計画があり、既に「市のトップリーダー」から承認を得ています。
この記事だけを見れば、企業間の土地の取り合いについて裁判所が判断を下した平凡な事件のようにも見えます。それでも、もしも日本の裁判所だったら、どんな事情があっても国家的巨大プロジェクトであるリニア側に不利な判決は出さないだろうと思わずにはいられません。
ボルティモア市はリニアに反対!
そして、別の記事[3]から、ボルティモア市長がリニアに反対していることを知ったときに、この裁判の背景が少し見えたように思いました。記事によると今年5月14日、ボルティモア市はメリーランド州計画局に宛てた手紙の中で、州と連邦の交通当局にリニアを拒否するよう要求しました。手紙には、以下の反対理由が挙げられていました。
- 提案されているリニアの駅は、既存の建物や計画中の建物とは相容れない
- 沿線地域はリニアのサービスを受けられないが、建設の影響は受けることになる
- ボルチモアの住宅や事業所の所有者が、資産価値の低下や土地収用の被害を受けるのではないかという懸念
- 片道約60ドルの運賃を払えるのは、高所得者に限られるのではないかという懸念
- リニアの事業者は将来はワシントンとニューヨークを1時間で結びたいと考えている。将来の区間がまだ設計されていないので、ボルチモア市の当局は「事業が当市に与える環境、歴史、土地利用、交通の影響を完全に評価することはできない」としている
ボルティモア市による上記の指摘は、どれも極めて真っ当です。「リニアを建設したい事業者・州政府・連邦政府」VS「リニアに反対するボルティモア市」という構図のもとで今回の裁判が起きたと言えるのかもしれません(より詳しい情報をお持ちの方、ぜひお寄せください)。
米国の事業へ血税を提供した安倍政権
連邦政府は(本音は分かりませんが)日本政府によるリニアの売り込みに前向きに応じる姿勢を見せています。2015年11月に来日した米国のアンソニー・フォックス運輸長官は、山梨リニア実験線で試験車両「L0系」に試乗後、メリーランド州が申請していたワシントン・ボルティモア間の調査に2780万ドル(約30億円)の予算が認められたことを明らかにしました。なぜか日本の安倍晋三政権(当時)も、調査費として約8億円を私たちの税金から拠出しています。【網代太郎】
[1]“Baltimore Judge Sides With Westport Developer Over Maglev Rail System in Land Dispute” Maryland Matters 2021年8月30日
[2]「JR東海支援の米リニア、着工手続き前進 新政権も追い風」日本経済新聞のウェブサイト2021年2月9日
[3]“Baltimore Officials’ Rejection of Maglev is Latest Blow for Proposed High-Speed Rail” Maryland Matters 2021年6月25日