大久保貞利(電磁波問題市民研究会事務局長)
前号で、日本ルーテル教会創立以来の組織を二分する論争を招いた「広島ルーテル教会ビル内に計画された変電所問題」について述べました。建設は日本ルーテル教会の臨時総会での僅差の賛成多数で、なにはともあれ一応の決着が着きました。しかしそれはあくまで教会内部でのできごとです。変電所が建設される敷地周辺の住民のほとんどは、そんな11万Vの変電所が計画されていることを知らされていませんでした。
変電所は周辺住民の問題でもある
日本ルーテル教会の臨時総会は1993年7月に開催されました。その翌年の1994年10月、広島ルーテル教会信徒代表のIさんらは、ルーテル教会内部につくられた「電磁波問題を考える会」名で、教会に近い公民館で広島修道大学の物理学の先生を講師に電磁波学習会を開きました。学習会には20名余が集まりました。翌月の11月には今度は京大工学部講師の荻野晃也氏を呼んで同じ公民館で第2回目の学習会を開きました。参加者は約30名でした。その中に教会周辺に住む住民が数名いました。そのうちの一人が教会のすぐ前に住む住民Kさんでした。
学習会後、参加者名簿でKさんが教会のすぐそばの住所だったので、Iさんら信徒3人はKさんの家をその日のうちに訪れました。応対したKさんは「変電所のすぐ近くには小学校がある。その小学校の前に変電所ができるのは不安だ。私と同じような思いの人は複数いる」と心情を吐露しました。この出会いがきっかけで住民たちの闘いが始まりました。
住民たちの取り組みが始まった
住民Kさんらはまず集まり、次に広島市や中国電力に変電所建設の説明を求めることにしました。並行して電磁波の勉強を始めました。第2回学習会開催の翌月の1994年12月に、住民9名で広島市役所中区建築課に出向き「建築工事の内容」の説明を求め、同じ月に中国電力広島電力所に出向き「鶴見変電所の概要」の説明を求めました。広島ルーテルビルは広島市中区鶴見町にあり、地下変電所の正式名が鶴見変電所なのです。
広島市にしても中国電力にしても、納得のいく説明はありませんでした。そこでルーテル教会近くにある竹屋集会所で住民が要請して「地域住民への建設者側の説明会」が開かれました。講師は、ルーテル教会側は北村正直東北大名誉教授です。彼はルーテル教会員であるとともに「電磁波の人体への影響は心配ない」という立場の人です。その他にルーテル広島教会の責任者である牧師、中国電力、前田建設(施工業者)が建設者側として出席しました。それとは別に、教会とは道一つしか隔ててない至近距離に位置する広島市立竹屋小学校の校長も参加しました。当日の集会参加者は数十名でした。
司会は竹屋小学校PTA会長が務めました。このPTA会長が曲者で、広島ルーテル教会ビルの設計を依頼された建築設計士なのです。つまりPTA会長の身でありながら小学校の近くに変電所ができることを始めから知っていたのです。
説明会なのに住民たちの不安は増すばかり
講師の名誉教授は「電磁波の安全性」をしきりに強調するが、聞いている住民たちの不安は増すばかりでした。それはそうでしょう。司会がルーテル教会ビルの建築設計士では中立性が保てないからです。
この説明会を契機に住民たちは「電磁波公害を憂う住民の会」を結成しました。住民の会は年明け早々に、荻野晃也氏を呼んで説明会があった竹屋集会所で勉強会を開きました。この勉強会で電磁波問題の存在を住民たちが知り、「竹屋学区子供たちの心と身体を守る会」と「電磁波公害を憂う竹屋小学校留守家庭子どもの会保護者の会」が結成されました。留守家庭子どもの会とは学童保育クラブのことです。
1995年2月には、広島市の社会教育団体である「竹屋学区子どもの会育成協議会」が主催して、中国電力と「憂う住民の会」「心と身体を守る会」という立場の異なる双方を呼んで客観的に電磁波の影響があるかないかを知る勉強会が設けられました。その結果、社会教育団体である「育成協議会」は鶴見変電所建設反対を決議しました。こういう準公共的団体が態度を明確にすることはまれです。そうした団体が反対決議した影響は少なくありません。決議した日に有志たちで「電磁波公害を憂う竹屋小学校保護者の会」も結成されました。この日以降、「憂う住民の会」「心と身体を守る会」「留守家庭保護者の会」「育成協議会」「竹屋小保護者の会」の5団体が共同して行動することになりました。
5団体の共同取り組み
5団体は、まず広島市に「ルーテル広島教会地下変電所建設反対陳情書」を提出しました(1995年2月)。続いて東京にある日本福音ルーテル教会本部に同趣旨の陳情書を提出し(同年2月)、広島市教育委員会と中国電力にも矢継ぎ早に陳情書を提出しました(同年3月)。
その後もいろいろな取り組みが展開されますが、大きなものに限定して紹介します。
1995年4月に、5団体と中国電力との間で「第1回討論会」が開かれました。そこには、130名が参加しました。関心は高まるばかりです。討論会の場で中電は「地域の人から事前に承諾を得ている」と説明しました。しかしその地域とはルーテルビルから半径50m以内でしかなく、それも説明なんてものでなく挨拶程度でしかありません。しかも回ったのはルーテル教会と施工業者の前田建設だけで肝心の中電はいません。B4サイズ2枚のあいさつ文の中の建設用途には「保育所、教会、事務所、変電所」とあり、変電所は付け足しで中電があいさつ回りをしていなかったため、住民は変電所を見落とししてしまうのがふつうです。なるべく変電所建設が前面に出ないようにしていた意図は明らかです。工事に伴う電波障害があれば復旧対策をするという箇所はあるが、電磁波のことは全く触れていません。あいさつに回った時、留守も多く31軒は不在でした。こんな杜撰さで「事前に住民の承諾を得ています」と強弁する中電に住民たちの不安や不信は募るばかりです。
送電地下ケーブルは通学路の真下を通る
変電所に入ってくる11万Vの高圧送電線(ケーブル)は小学校通学路の真下を通る設計になっています。この非常識さを糺す質問を住民がしたら、中電は「交通量の少ない場所を選んだのと、大型店舗に迷惑をかけないところを選んだ」と答えました。当然ながら、「子どもの命より車や大型店舗を優先するのか」と反撃されました。経済効率優先の中電の体質が住民たちのひんしゅくを買ったのです。
次善の策として、「せめてシールドを」
住民たちは「電磁波の健康影響はシロでもクロでもなく灰色だ。なにをもって安全だと言い切るのだ」「安全と言い切れない施設を学校のそばにつくり、しかも事前に知らせず、こっそり建設しようとする姑息なやり方は許せない」と思い、建設に反対する立場でした。
しかし、中電とルーテル教会はどんなに住民側から論破されてもかたくなに安全説を主張し「平行線」のまま事態は推移しました。住民たちが計画を知った段階ではすでビルの建設は着手され、急速に工事は進んでいました。こうした状況を踏まえ、5団体は次善の策として電磁波のシールド(防御)措置と約束事(覚書)の取り交わしの二つを要求することにしました。シールドとは電磁波を反射したり吸収する素材を変圧器等の電磁波発生源の周囲に貼ることで、内部で発生する電磁波を外部に漏らさないか、もしくは低減することです。
実は、ルーテル教会は地下1階と2階の天井にシールド材として鉄板を貼ることを中電と取り決めていました。当時電力会社は「磁場50G(ガウス)安全説」や「5G安全説」を主張していました。50Gとは5万mG(ミリガウス)で、5Gでも5000mGです。とんでもない値です。2mGや3mGで小児白血病リスクが上昇するというカロリンスカ研究所の疫学調査が出ていたにもかかわらずです。カロリンスカ研の疫学調査については次回で触れます。
電力会社の安全説から言えば、鉄板など必要ないはずですが、鉄板を貼ったのはさすがに保育所が上にあるビルなので電力会社も怖かったのだと思います。保育所を2階にしたのも同様の理由と思えます。本来保育所は火事等の災害避難対策としては1階につくるのがベターだからです。それを2階にしたのは万一のことを考えて距離をとったのでしょう。
パーマロイPCは拒否する
住民側は「上部だけでなく側面にもシールドを」「シールド材は鉄でなくパーマロイPCを使うよう」要求しました。パーマロイPCは「ニッケル80%、鉄16%、モリブデン2%、銅2%」からなる特殊合金です。鉄板は100mG以上の磁場にはシールド効果がありますが、数mGから数十mGの場合は効果が薄いとされます。その点パーマロイPCはその範囲でもシールド効果が高いのです。
しかし鉄板なら2300万円で済みなすが、パーマロイPCは8千万円から1億円かかります。そのため、中電は側面シールドもパーマロイPCも拒否してきました。
次回最終回で、中電の背信行為と覚書の締結さらに安全論争を紹介します。