人工衛星から受信した電波によってスマホでデータ通信ができる新たなサービスが始まりました。さらに、追加の機器なしで、普段使っているスマホと衛星の間で直接通信できるサービスも計画されています。
スターリンクがサービス開始
電気自動車メーカー・テスラの共同創業者で、最近ツイッターを買収した米国の実業家イーロン・マスク氏が率いるスペースX社が10月11日、インターネット接続サービス「スターリンク」の提供を、アジアでは初めて日本で開始しました。契約すれば個人でも利用できるそうです。
地球を取り囲むように配置した多数の非静止衛星を一体的に運用する「衛星コンステレーション」と呼ばれる仕組みを採用。スターリンクの場合は4408基の人工衛星を高度540~570kmに配置。これは従来の静止衛星の約65分の1の低さであるため、静止衛星よりも高速通信が可能です。直径約50cmの専用アンテナは衛星からの10.7~12.7GHzの電波を受信し、アンテナから衛星へは14.0~14.5GHzの電波を送信します。下り(衛星→地上)通信速度は350Mbpsで、ほぼ4G並みのようです[1]。
専用アンテナとスマホの間は、Wi-Fiで通信します。
スターリンクは、ロシアの侵略により通信設備が破壊されたウクライナへマスク氏が無償提供したことでも話題になりました。
KDDIがスターリンクと提携
KDDIは昨年9月と今年10月に、スターリンクの利用について二つの契約を結びました[2][3]。これまで基地局設置が難しかった山間部や離島などでも通信できるよう、スターリンクに対応する基地局をKDDIが全国約1200カ所へ2022年内に整備するそうです。
また、山間部、離島、自然災害時などでも安定した通信を必要とする企業や自治体向けにスターリンクのネットワークを提供するサービスも年内開始予定だそうです。
楽天は通信とスマホの直接通信を目指す
一方、楽天モバイルは、普段使うスマホが衛星からの電波を直接受け取る「スペースモバイル」プロジェクトを進めています。スターリンクのような専用アンテナも不要ですし、従来の衛星通信のような専用端末も不要なのが特徴です。
楽天グループが出資する米国企業ASTスペースモバイルと連携、高度約700kmに配置した衛星168基による衛星コンステレーションを構築し、衛星とスマホは1.7GHz帯の電波で通信します[4]。
遠い地上のスマホからの微弱な電波を受信するため、衛星は直径約20mの巨大アンテナを装備。楽天モバイルの矢沢俊介社長は9月に開かれたイベントで、「既存の携帯大手3社ができなかった国土100%カバーにチャレンジする。24年か25年ぐらいをめどに商用サービスを提供したい」と述べました[5]。
当初は4Gサービスを行いますが、地上設備を更新すれば5G等へ対応可能とのことです[6]。
同社は11月10日付で、衛星と端末で通信するための実験試験局免許の予備免許を取得したと発表しました。本免許の付与を受け次第、福島県内のゲートウェイ(衛星と通信する地上施設)実験試験局の運用を開始し、また、北海道の山間部で携帯端末と衛星との直接通信の試験を行っていくとのことです[7]。
なお、マスク氏によると、スターリンクも「第2世代」では通信と端末の直接通信が可能になるそうです。ただし「帯域はそれほど広くないが、テキストメッセージや写真のほか、セルゾーンにそれほど人がいない場合は動画を送受信できる可能性がある」とマスク氏は述べ、地上基地局との通信時と比べるとサービスが制限される可能性を示唆しています[8]。
ソフトバンクは「衛星との直接通信は難しい」
ソフトバンクも衛星通信サービスに参入するため、米国の衛星通信会社ワンウェブに出資しました。ワンウェブは648基の非静止衛星による衛星コンステレーションの構築を目指していて、今年10月までに462基を打ち上げ済みです[9]。
楽天モバイルなどが目指している、衛星とスマホの直接通信について、ソフトバンクの宮川潤一社長は11月4日の決算会見で「私も10年ほど前に米国でいくつかの衛星通信を実験したが、下り(衛星→地上)はできるが上りは難しかった」とコメント。ソフトバンクとワンウェブによる衛星通信サービスの開始時期については「スマートフォンとの直接通信ではないが、衛星からブロードバンドを落とせる環境を2023年度中にサービスインしていこうと考えている」と述べました[10]。
ドコモは「空飛ぶ基地局」
ドコモは、他社のような非静止衛星によるサービスを開始する具体的な予定は公表していません。宇宙ではありませんが、高さ20kmの成層圏に基地局機能を備えた無人飛行機を飛ばす「HAPS(ハップス)」の実用化に向け、エアバス、スカパーJSATと共同開発に取り組んでいます。将来的には、衛星とHAPSを連携させて「空・海・宇宙などを含むあらゆる場所への『カバレッジ拡張』」を目指すとしています。
なお、HAPSの開発は、ソフトバンクと米国無人航空機メーカーの合弁会社も取り組んでいます。
ますます電波が増えそう
各社とも宇宙利用拡大へ向け技術開発に取り組んでいますが、特に衛星と端末の直接通信については、ソフトバンク社長もコメントした通り、技術的なハードルはかなり高そうに思えます。小さなスマホから700kmも離れた衛星へ電波がきちんと届くのか、また、1.7GHz帯という地上基地局通信用と同じ周波数の電波の混信対策はどうするのか、気になります。
また、故障したり利用が終わった人工衛星によるスペースデブリ(宇宙ごみ)の増加や、夜空に“明るい”人工衛星が増えることによる天文観測への悪影響も指摘されています。
もちろん、環境中の電磁波がますます増える恐れがあって健康影響が懸念されますし、宇宙と地上の間で通信が盛んになれば大気圏の電波が増えて野鳥などへ影響しないかという心配もあります。私たちは今後の動きを注視する必要があります。【網代太郎】
[1]スペースX 総務省情報通信審議会情報通信技術分科会衛星通信システム委員会作業班(第21回)配付資料 2020年6月3日
[2]KDDI 広報文 2021年9月13日
[3]KDDI 広報文 2022年10月12日
[4]楽天モバイル 総務省情報通信審議会情報通信技術分科会衛星通信システム委員会作業班(第25回)配付資料 2021年4月12日
[5]時事通信「空から電波、山奥・離島もスマホ楽々 無人機、衛星活用し『新通信』」2022年11月9日
[6]楽天モバイル「『スペースモバイル』でどこでもつながる通信へ、楽天モバイルの挑戦」2022年5月19日
[7]楽天モバイル 広報文 2022年11月18日
[8]日経XTECH「イーロン・マスクの『Starlink』もスマホ直接通信へ、iPhone 14も衛星対応?」2022年8月30日
[9]sorae「インド宇宙研究機関、OneWebの通信衛星36機を打ち上げ」2022年10月25日
[10]CNET Japan「ソフトバンク社長、スマホと衛星の直接通信に見解-『当面はOneWeb優先』」2022年11月5日