リニア中央新幹線「環境影響評価 準備書」にみる磁界安全論は妥当か

上田昌文さん(NPO法人市民科学研究室代表)

 JR東海は9月18日にリニア中央新幹線の「環境影響評価準備書」を公表した。事業者であるJR東海は国(環境大臣ならびに国土交通大臣)に対して工事実施計画の最終的な申請を行って認可をとりつけることを、2014年春頃に見込んでいるが、環境アセスメントの法的な手続き上、そのためには前もって「環境影響評価書」を提出して内容を確定することが求められる。今回の「準備書」は、「評価書」の一段階前の検討プロセスであり、住民や自治体側からの意見募集がなされる最後の機会となっている。JR東海側は9月27日から10月18日まで、沿線各都県(7都県)で総計92回の「説明会」を開催し、11月5日までの間に意見募集を行った。これらの意見に対してJR東海は見解をまとめ、それを都県知事および市区町村長に送付する。それを受け取ってから120日以内に提出されることになる知事の意見をもって、事業者と自治体・住民との間での検討のプロセスが閉じられることになっている。したがって、「準備書」は検討すべき事項に関するデータを網羅し、そのデータをもとになされる影響評価の真偽や確からしさを科学的に論じあえるほどのものでなくてはならないが、今回の「準備書」ならびに「説明会」での説明が、はたしてそれにふさわしいものとなっているのだろうか。極めて多岐にわたる評価項目があり、そのそれぞれについてJR東海側の見積もりの甘さや情報開示の不十分さ、「着工ありき」の見切り発車的姿勢の問題が、これまでも沿線の市民団体や幾人もの識者から指摘されてきたし、今回の各地の説明会でもますますそうした問題が露呈してきたように見受けられるが、ここでは1400ページにも及ぶ「準備書」の中の、電磁界の影響を扱っている60ページほどだけを取り上げ、その内容の妥当性を考えてみる。

「準備書」の構成
 この「準備書」は、JR東海のホームページの「中央新幹線(東京都・名古屋市間)環境影響評価準備書(平成25年9月)」と題したページで、東京都、神奈川県ならびに川崎市、山梨県、静岡県、長野県、岐阜県、愛知県の各都県版が用意されていて、そのそれぞれが「準備書本編」「準備書資料編」「環境影響評価関連図」「要約書」(以上は「環境影響評価法第16条による」と記されている)ならびに「準備書のあらまし」(これは「ご参考」と記されている)で構成されている(その各部分をそれぞれPDFファイルで掲載)。したがって、内容のどの部分が各都県で共通した同じ記述になっていて、どの部分が個別の地域に対応した記述になっているのかが把握しづらい。それに加えて、すべてのPDFファイルに「保護」がかかっていて、文章や図のコピーが一切できない。JR東海が示した図を引用しながらの説明ができないので、例えば筆者がこの文章においてJR側の記述に言及する部分では、読者自身にもとのPDFファイルの該当箇所を開いてもらってそれを眺めながら読んでいただくしかない。<編注:主なスライドはPDFをPC画面に表示させたもののコピーを本記事中に掲載しました>
 電磁波に言及した部分は、例えば神奈川県版でみると、「本編」の「8-3-7 土壌環境・その他―磁界」(12ページ)「資料編」の「11 磁界」(52ページ)になる。またそれとは別に、「中央新幹線計画の説明会資料について(平成24年5月~9月)」と題したページがあり、その中の「2.超電導リニアについて」の項に収めている「磁界の影響」(スライド12枚)が「準備書」の記述を図解で要約したものになっている。資料編は磁界に関する「国の基準」の説明、「国際非電離放射線防護委員会のガイドライン」文書のコピー、WHOファクトシート(「No.332 超低周波磁界への曝露」)のコピー、補足となる図版と利用した公式の説明であり、本編でのJR東海のデータや判断の手法を要領よく知るには、じつは「説明会資料」の「磁界の影響」の記述と図解さえあれば事足りる、という具合になっている(個別の地域に応じた磁界強度の大きさの見積もりなどは、県別の「本編」に示されている)。したがって、この文章ではもっぱらこの「磁界の影響」に言及しながら、今回の「準備書」の基本的な問題点を論じることにする(引用する場合は当該資料のスライド番号を「スライド○」という形で示し、直接言及する文がある場合はそこに「……①、②」という具合に番号を付す)。

国際ガイドラインへの誤解
 スライド1は「磁界の影響のポイント」として(つまり、リニア中央新幹線での電磁波健康影響問題の結論として)次のように述べる。

 ・国際的なガイドライン(ICNIRPのガイドライン)以下では、磁界による健康への影響はありません。……①
 ・超電導リニアでは、国の基準であるICNIRPのガイドライン以下に磁界を管理します。……②
 ・山梨リニア実験線における実測結果でも、国の基準であるICNIRPのガイドラインを大きく下回っています。……③

 第一項(①)の記述は厳密に言うと間違いである(スライド9でもWHOに言及して同じ言い方がなされていて、これも間違いである)。話を超低周波磁界に限るとして、JR東海自身が「資料編」に加えている「WHOファクトシート」では、「長期的影響」の部分に以下の記述がある。

2002年、IARCはELF磁界を「ヒトに対して発がん性があるかも知れない」と分類したモノグラフを公表しました。(中略)0.3~0.4マイクロテスラを上回る商用周波の居住環境磁界への平均的ばく露に関連して小児白血病が倍増するという一貫したパターンが示されたことです。タスクグループ(筆者注:WHOの検討メンバーのこと)は、それ以降に追加された研究によってこの分類が変更されることはないと結論しました。

磁界の主な発生源は超伝導磁石

スライド5

 この後の部分で、「小児白血病に関連する証拠は因果関係と見なせるほど強いものではありません」「政策策定者は、労働者および公衆をこれらの影響から防護するために作成されている国際的なばく露ガイドラインを採用するべきです」と述べてはいるものの、①のような「ガイドライン以下では健康への影響はありません」などという文言はどこにも出てこない。ICNIRP(国際非電離放射線防護委員会)のガイドラインは健康影響のデメリットを抑制しつつ電磁界の利用をすすめていくための「目安」であり、それゆえにこそ、多くの国でそれぞれ違った厳し目の基準値が採用されていたりするわけである(ICNIRPの基準値よりも幾分緩やか基準を採用しているのは英国などごく少数の国に限られる)。ICNIRPのガイドラインは「健康影響が出ないことの保証」ではないことを、JR東海はまずはきちんと理解する必要がある。
 第二項(②)と第三項(③)は、むろん①が完全に正しい言説ではない以上、ではどの程度まで「下回わる」ことになるのかのデータが、どれくらいの確からしさをもって言明されているのかが問題となる。スライド2以下をその観点からみてみよう。

評価を0~12Hzに限定
 磁界の影響を論じるのであれば、磁界(静磁界もしくは変動磁界)の発生場所とその頻度(持続時間)を、沿線周辺・車体内・ホームや駅舎など施設内に分けて、走行時・通過時・それ以外の場合でそれぞれどうなるかをまずは示さなければならないはずだが、この点の説明がきわめて不十分である。「本編」の冒頭には次の記述がある。

列車の走行(地下を走行する場合を除く。)により磁界が発生するため、対象事業実施区域及びその周辺の環境への影響のおそれがあることから、環境影響評価を行った。

 冒頭であるにもかかわらず、一般の人がこれを読むと、「では地下を走行している時は磁界は発生しないということなのか」との疑問をいきなり持ってしまうだろう。JR側の意図はどうであれ、貧弱な日本語と言わざるを得ない。
 普通に考えれば、走行路面には「浮上案内コイル」と「推進コイル」が端から端まで貼り巡らされているはずだから、常時それが通電している限り静磁界が発生し、路線に沿ったすべての近接した周辺の場所でその曝露が生じる環境となっているはずであろう(スライド5)。ただし、地下大深度を走行する場合は、車体と地上部分までが最低でも数十m間隔で離れることになるため、地上部分での磁界の曝露は無視し得るほどに小さくなることも考えられるし、一方、スライド5に述べているように、車体に装着された「超電導磁石」から発生する強烈な磁界の寄与分が圧倒的に大きいだろうことは想像できる。そしてその超電導磁石が走行中に張り巡らされた路面のコイルを通過していく際に(対向車とすれ違って周波数が倍加する場合も含めて)、車体内には常に大きな磁界が発生しているだろうし、駅舎や路線の周辺地域でも通過時にはその磁界が、その地点から車体までの距離に大きさに応じて減りはするものの、何らかの大きさの変動磁場を曝露することになる。

リニア中央新幹線の走行と磁界曝露の状況の類別 
 問題は、試みに筆者が【表1】のように類別してみたような、走行状態と場所に応じて磁界の発生と曝露が様々であり得る、という捉え方をきちんと示していない点にある。今回の「準備書」で示されているのは、この表で言うと、「通過時におけるホームや駅舎ならびに周辺地域」だけである。たとえ曝露する磁界が強くはないかもしれないにしても、生じ得る状況を系統的に取りこぼすことなく示した上で、その状況ごとの「発生する磁場の種類(静磁場か変動磁場か)、その周波数(変動磁場の場合)、その強さ、その曝露時間(頻度)」に言及するのが筋であろう。「ICNIRPのガイドライン値に比べてうんと小さくなるので、述べませんでした」というのなら、その「小さくなること」を予めきちんと(どれくらい小さくて、なぜそうなるかを)説明しなければならないだろう。

ICNIRPガイドライン以下に管理

スライド10

 この表に照らせば、スライド10に「リニアの領域(磁界の強さ)0~12Hz」と発生する磁界の周波数を限定していることには問題があることがわかるだろう。超伝導磁石に由来する変動磁場では確かにそうかもしれないが、使用する電力に由来する50Hzもしくは60Hzの超低周波変動磁界や、路面全部に据えられているコイルなどから来る静磁界はどれくらいになるのか、車内で発生する停車中の静磁場や走行中の変動磁場はどれくらいであり、シールドでどの程度まで低減できるものなのか、といった点に「準備書・本編」で言及しないのは、まったく理解に苦しむ。確かに、「資料編」の最終ページには「車内及びホームの磁界測定結果」のグラフが掲載されており、それは3年前の国土交通省「第2回中央新幹線小委員会 配布資料1-1 技術事項に関する検討について」(平成22年4月15日 国土交通省鉄道局)に含まれている【図1】をほぼそのまま使っている。

【図1】

 この図によれば、
 1)車内の磁界の最大値は、静磁界で1.2mT超、変動磁界で0.6mT超(床上)
 2)ホームの静磁界の最大値は0.8mT程度
 3)リニア沿線の磁界は、推進コイルの変動磁界とほぼ同等とみなされていて0.2mT程度
 となる。これらの測定では、「資料編」の説明によれば(図11-5-1~11-5-4)、ホームと車体の間には磁界の遮蔽のためのシールドがあり、車内にはシールがない(少なくとも図には明示されていない)。

【表2】

 この資料よりさらにさかのぼって平成17年(2005年)に国立環境研究所が山梨実験線を実測したデータが公表されている【表2】が、それによると車内の床での最大値は、リアトルクの真上で計測した場合の、4,000μT(=4mT)である。走行速度など計測時の条件の詳しい記述がないので、正確な比較はできないが、【図1】の床上でのデータと数倍の違いがあることになる。これは【図1】の方では車体のシールドがあり【表2】の方にはそれがない、とすればそのことからくる差とみればよいのか、あるいは、両者ともシールドがないが、同じ床上でもモータやリアトルクとの距離が違うことからくる差とみればよいのか、判断がつかない。

沿線での測定結果
予測の根拠が不詳
 一方「準備書」では、スライド11で「沿線での測定結果」が記されている。【表3】にその数値を示したが、ここでは「地点1」は「ホーム上で線路脇4m(ホームの際に立つシールド壁から4m、停車あるいは走行中の車体から6m)」の地点、「地点2」は「高架下8m(シールド壁直下に8m下った地点)」としている。そして、実測値にみられる差(0.19mTと0.02mTの差)が「ビオ・サバールの法則」(距離の大きさの3乗に反比例して磁界が減衰する)による推定と合致しているとして、この法則を用いて、より離れた距離にある路線近傍の集落や学校や病院などの施設で曝露するだろう磁界の強さを推定できるとしている。例えば「神奈川版」の場合では、相模原地区緑区の小倉や青山、市立鳥屋小学校での予測値を0.002~0.001mTもしくはそれ以下、としている。
 こうした予測のし方がどれほどの妥当性を持つものなのか、上記の3種類のデータの数値の違いをどう解釈したよいのか、やはり測定の際の諸条件がもっと詳細に示されないと、検討することができない。「準備書」は「ICNIRPのガイドライン値を下回る磁界曝露しか生じない(と推測できる)ことをもって安全は確保できているとみなす」、という以上のことは何も言っていないが、これまでに示されたごく限られたデータでみてさえも、沿線の地域でも場所によっては、高圧送電線下に住まう場合に曝露するような大きさの磁場を、列車通過時にはいつも浴びることになりかねないことがわかる。ホームで待つ人は電車通過時や停車時に190μT(周波数は違うが、IH調理器に鍋をおかず直接手をかざしてパワーを最大にした時のような磁場の強さ)を曝露し、乗車すれば(ICNIRPの基準値は超えないものの)もっと強い磁場を乗車中ずっと浴びることになるかもしれない。少なくとも職業的曝露の一部のケースを除いて、一般人がこれほど強い磁場を一定時間浴びるようなことはいまだかつてなかった、と言えるだろう。こうした状況を「正常」とみなす人がどれくらいいるのだろうか?
 超電導の強い磁場に乗客をさらしながら走り続ける超特急リニア新幹線は、本格稼働するなら、人の健康にとっての新たな「実験線」となることだろう。

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